書き逃げ

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『エル ELLE』面白いにもほどがあんだろ!

他の映画はすっ飛ばすしかないよなー。

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エイリアン:コヴェナント』とか『新感染 ファイナル・エクスプレス』とかもね、見てはいたんですよ。でも、それは後でもいいでしょう。

ポール・ヴァーホーベン監督の久しぶりの作品ということで(ザックリ言うてますよ)、期待が高まっていた人は多いはず。俺もご多分に漏れず相当期待が高まった状態で見たのだが、本当に、ほんまに、心の底から面白かった。

フランス映画ということで、少し心によぎるのが『ブラックブック』の出来である。

いや、この映画が面白くなかったわけではないんですよ。でも、ヴァーホーベンのフィルモグラフィーの中では“トンデモ”的な面白さが強い一本だったと思う。主人公の女が「どうしてこの悲劇はなくならないの!」みたいなことを全力でシャウトする場面があるのだが、当時の俺は「え、この女そんなこと考えてたんだ?」と笑ってしまった。ヨーロッパで作ったせいで、なんかキモを外したトンデモ感に行ったのかなーと俺は思ったのだ。

『ブラックブック』で最高に良かった、そこを見られただけで満足したのは、終盤のシーンだ。棺桶に入った男をヒロインがネジを締めて窒息させて殺す。急いでいるんだけどそんなにネジは早く回せない。ゆっくり回しているうちに、中からドンドンと叩く音が聞こえなくなっていくのは、ぞわっとしてとても良かった。さすがです。

そもそもヴァーホーベンの映画で、トンデモ的な面白さがないものがあったかというと、正直ないわけだが、にしてもなんか『ブラックブック』は全体的に残念感が強かったのだ。“時代劇”をきちんと作れてない感じがしたんだと思う。

今回の『エル』は現代劇でもあるし、そういう不満は全然なかった。フランス映画っぽい、みんなが浮気、不倫、不貞をしまくる様子も違和感なかったし。ハリウッドの高カロリー映画でなくてもいいところを見せられるんだな、とオランダ時代の作品を見ていない俺は思った。

 

面白くてたまらないのは、いろんなシーンが、観客がどう受け取るか開かれている点だ。それぞれのシーンが、ヒロインを中心にして言うと、彼女が加害者なのか被害者なのか、罠にかけようとしているのかはめられようとしているのか、どちらとも言えない描写ばかりで語られていく。さすがに終盤に至ると「あれはこういうことだったのね」と思うけれど、途中は本当にどっちともとれるシーンばかりで、しかもどっちに解釈しても緊張感が素晴らしい。

例えば、ある登場人物と地下室に降りていくとき、彼女が罠にかけているのか、それとも性欲に駆られてしまっているのか、それはわからない。しかも、後になってすら「ああ、前者(あるいは後者)だったのね」と切り分けられられないままで進んでいく。1か0かではないし、両方足すと170パーセントぐらいのことのように見える。それがもう、メチャクチャに面白いのだ。

また(同じことを言ってるけれども)、ヒロインが「いい人」なのか「イヤな奴」なのかもブレながら話は進んでいく。被害者であることと「イヤな奴」であることは両立するわけだ。息子の嫁を「育ちが悪い」と罵るのは、やっぱりイヤな奴だろう。性暴力被害者であっても、イヤな奴はいるに決まっている。

善悪のあわいがはっきりしない世界を、というかそういう世界を現出させ体現するヒロインの話であるにも関わらず、おおまかには「サイコサスペンス映画」として見せてしまうあたりの下世話な手腕も素晴らしい。全然難しくない映画なのですよ。

素晴らしいシーンが本当に多い映画である。息子の嫁が子どもを産むシーン(で、ニヤニヤしている息子の黒人の友達)。向かいの家が引っ越すときにその家の妻が言う一言。ヒロインのゲーム会社が作るツカミのムービー。

「この映画が向かうところはどっちでしょうね? これ、いいんですかね? ヒロインはどうかしてませんか? フランス人の浮気好きって面白いよね?」

そういったことをほのめかしつつ、それを否定も肯定もせず俗悪なエンターテインメントにして、しかも女性の自己決定権を称揚する映画にしてしまう手腕は、ヴァーホーベンにしかないと思った。メチャクチャ傑作です。最後になるけど、イザベル・ユペールの演技と存在感、そして造形が最高。