書き逃げ

映画、音楽、落語など

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』で身につまされあう

今年の身につまされ映画2作目。

第1作『メッセージ』について書いたのはこちら。

shigerumizukiisgod.hatenablog.com

 

個人的な身につまされを抜きにしてもかなりの傑作だと思う。基本的にコメディでありながら、最後は心に何か暖かい感じがしつつどっしり重いものを残すという“感触”が『この世界の片隅に』に似ていると思った。

さらに言うと、笑わせ方がそんなにフルスイングではないところも似ている。

……と、大雑把に言うとそうなのだが内実は結構違っていて、『この世界』のほうは、“しっかり笑わせようとするならもう少し余韻を残すべきところをそうしないですぐに次のシーンに行く”というやり方。今作は“笑ったものかどうか微妙な場面や、深刻だったりごく普通だったりする場面をしっかり撮っていることの可笑しさ”というやり方だと思った。

大爆笑とか大感動みたいなカタルシスがないままに話は進む(ゆえに、ちょっともやもやするというか、一体これはどう捉えるべき話なのかと思わされたりもする)のだが、ある時、大きなカタルシスを迎え、そこでこの映画が描こうとしていた何かがくっきりと観客の前に立ち現れ、割と静かなエンディングを迎える。それなのに泣いていたりする、というところもよく似ている。

俺はこの映画の笑わせ方はめちゃくちゃツボで、しょっちゅう笑いながら見ていたのだが、周りの人はそんなに笑ってなかった。前の席の人が振り返って俺を見たほど。笑い方がうるさかったのならやや申し訳ないが(笑って何が悪い、という気持ちもある)、後でこの映画を見た他の人と話をしたら「笑っていること」自体が奇妙に感じられたのかもしれないと思った。

というのは、その人が実に深刻にこの映画を捉えていたのだ。笑ったシーンはドアを突き破るところ(確かにここも最高に可笑しい)ぐらいで、他はずっと辛い気持ちで見ていたようなのだ。

チキンと冷蔵庫のくだりについて、その人は、

「あそこが胸に迫る場面だったのに、急にドアを突き破るシーンが来るから、笑っちゃって」

みたいな感想だった。そしてそれからずっと泣きながら見ていたらしい。俺は「冷蔵庫のシーンからすでに笑わせに来てるだろ」と思ったのだが、その人はパニック障害的な反応に身につまされるものがあるみたいで、そういう反応になったようだ。

人それぞれにつまされポイントはある。

一方の俺は、ある人物(ネタバレを避けるために伏せるけれど)が泣くシーンで無茶苦茶身につまされ、実際泣いてしまったが、同時に可笑しくて仕方なかった。たとえ身につまされなくてもあそこはすごいシーンだ。あの「少し笑ってもいい」演技にさせる演出もすごいし、それを見事に完遂した演技が素晴らしい。ばっちりのバランスだ。その後のケイシー・アフレックの反応もすごい演出、演技である。爆笑した。普通はもっと感動に振るはずの場面だが、いわゆる「心情に寄り添うような」演出、撮り方じゃないところにうなる。たまらず泣き笑い、号泣&爆笑でしたよ。

ぐいぐい身につまされつつ思ったのは、

「辛い経験をした人、それによって言動がどうかしてしまった人というのは、気の毒ではあるが、客観的には可笑しく見えてしまう」

ということだ。おそらくこれは現実の世界においても事実だ。

もちろん俺の言動だって変だったら可笑しいものとして見られる。そうか、ということは身につまされっぱなしで終わってはいかん、この映画を教訓とし、変と思われないように気をつけて、落ち込みっぱなしではなく前向きに……ともちらっとは思った。ちらっとは。

そういうことよりも、「当人にとってはどんなに深刻でも、周りからしたらこれぐらいにしか見えないもんだ」という描写によって、俺はかなり気が楽になった……だからいい映画だと言いたいわけではないけれど。

こういう身も蓋もなく平たい、透徹した視点は、落語的な人間観かもしれない。